記憶が無い!!!

  • 2017.01.03 Tuesday
  • 14:43

明けましておめでとうございます日の出

本年もどうぞよろしくお願い申しあげますかどまつ

 

なんと、ブログは一昨年の4月以来の更新です。ジャ〜ン!

しかも、今回のお題は私自身の病について困惑汗

 

鍼灸師だって病気になるんです。

 

「にんげんだもの」ぴかぴか

 

さて、昨年12月19日の月曜日、私の身に起こった出来事について。

先に病名を言ってしまうと「一過性全健忘」というヤツです。

ある一定の時間、自分が何をしていたかをほぼ覚えていないのですどんっ

 

その日の午後7時半頃、娘がワンコのチルルを連れてやってきました。

私「何しに来たん?

娘「白菜が余分に届いたから取りに来てってラインくれたやん」

私、白菜を見て「なんでこんなぎょうさん有るん?」を繰り返したらしい。

 

以下、「らしい」が多いですが、この最中の記憶も曖昧なので、

娘の話や記録を元に、お話する事になります。

 

で、この時、私は仕事を終えて1時間近く経っているはずなのですが、

今終えたばかりのような格好で、治療室の電気も点けたままでいたらしいです汗

 

そしてなんと、1日仕事をしていた記憶が無い!!

でもカルテを見ると、最後の患者さん以外は、ちゃんと書いています。

最後の患者さんのカルテには、日付印を2〜3回押して、ふにゃふにゃな字が…。

 

その日最初の患者さんは、当日朝予約電話をもらって来られた方。

帰られたその患者さんからお昼にまた予約電話をもらって、

最後に来られたのが、その娘さん。。。

という事は、うっすらと思い出し始めましたくもり

 

昼休憩の記憶も無いのですが、

毎週月曜午後に届く「よつ葉さん」の野菜や調味料など受け取りながら、

「今日は白菜が多いですね」

「あっ!注文し間違えた下向き」というような会話も後で思い出しましたたらーっ

 

そして、手帳を見ると、

「激しい咳の後に意識こんだく、若干」と書いて日付印を押しているではありませんか!

「若干」って!?いやでも、これ自体書いた記憶が無い!

 

後で聞いたところ、午後4時の患者さんの時に激しく咳き込んだらしいですプシュー

 

で、白菜を取りに来た娘には、

「今って何月?」を何度も繰り返し聞いたらしいです。

自分の服装を見て「分厚いのん着てるから、冬やんな?」とも。

 

私「なんでこんな年賀状が有るのん?

娘「もうすぐお正月やで。」

 

私、前日の研修会忘年会の景品を見て。

「なんでこんなん有るのん?

娘「昨日研修会でもらったんちゃうのん?

カバンに資料が入っているから、研修会があった事は納得。

 

娘はやって来る前から、

夕方以降の私のラインの返事がいつもと違うので、

何かおかしいとは思っていたそうですノーノー

 

来てから私の様子を見ても、冷静だった我が娘。

パニックになる事なく、近くの病院2軒に電話します電話

自分の名前や生年月日は言える事、手足のしびれや麻痺は無い事を確認、

朝まで待っても大丈夫という事になりましたYES!

 

その時、日頃「足(下肢の虚弱)の事」でお世話になっている病院の、

いつものドクターに診てほしいと思ったのですが、

先生の名前や病院の名前がなかなか出てこない。。。おや?

診察券を出して、娘が病院のサイトを見て確認、やっと思い出しました。

まだ若いけれど、丁寧に話を聞いて親身になってくれるドクターMです病院

(「足の事」はまた書くかも…。)

 

ところで、いつもなら、娘が来る時はちゃんと晩御飯の用意をしています。

この日は、呼んだことも覚えていないので、

何も用意せず、ぼーっとしていたもよう。

 

お腹が空いたという感覚もなかったのですが、

娘が食べないといけないので、簡単な料理は作りました。

こういう状況の時は、娘が作るものではないかと思いますが、

私が料理ができるかどうか確認したそうです、ハイたらーっ

 

ちなみに、この時見ていたテレビのクイズ番組には、普通に回答していたそうですよ。

 

なんやかんやで10時過ぎに晩御飯。

なんでこんな時間に晩御飯を食べているのか?という気はしていました。

 

スマスマを観ながら、

娘「スマップ解散するのん知ってる?

私「えっ!解散するのん!

娘「それも忘れてるんや・・・。

  じゃあ、ベッキーが何したか覚えてる?

私「う〜〜〜ん、カワタニ。」

娘「えっ!そこは名前が言えるんや!

 

この間、今何をしようとしたかが、すぐ分からなくなり、

翌日の患者さんにメールしたり、研修会の人にラインしたりは、

その都度、娘が細かく指示しないと動けなかったそうです。

一応、何々をしなければ…というのは考える事は出来たんですね。

ラインは、いつもは絵文字やスタンプをよく使うのに、

この時はそれを選ぶのは頭がしんどい感じでした。

不適切な絵文字を使おうとして、娘に止められた事は覚えていますNO!

 

今思うと、白菜を間違って余分に頼んで良かった!!

娘を呼んでいないと、もっと長い時間、ぼーっとしていたと思います。

 

その夜、念のため娘が泊まってくれました。

私はほとんど眠れませんでした。眠いという感覚自体無いような。

お腹も空かなかったし、交感神経優位状態だったと思います。

脈もグァングァン打っていましたどんっ

 

翌日、娘は仕事を休んで病院に付き添ってくれました。

幸い、いつものドクターMにすぐ診てもらえ、

経過を聞いてすぐに「一過性全健忘」という病名を出されましたふぅ〜ん

 

私の話と娘の話をそれぞれ聞かれたのですが、

この時も、まだボーとしていたので、忘れている会話も有ります。

かなりの時間を問診に割いてもらい、

途中MRIを撮り、昼ごはんを食べ、また診察室に入り。。。

MRIの診断結果が出るまで、神経の反射チェックなどをしてもらい。。。

 

で、MRIを診てドクターMが「面白いのが写っていましたよ。」

「海馬」のところに白い点が。

これは発症から早すぎても遅すぎても写らないもので、

ちょうど良いタイミングだったんですね。パチパチ拍手

 

ちなみに、この時の診察料は、なんと220円!220円ですよ!

いくら器械は使っていないとはいえ、安すぎます。

MRIは6,240円でした。これも他病院より安いみたいです。

 

というわけで、MRIの結果からも「一過性全健忘」という診断でした。

 

原因は不明で、記憶を司る脳の「海馬」の一時的血流低下により発症すると考えられています。

誘因としては、心理的ストレス、激しい運動、咳嗽などなど。

 

心理的ストレス。。。唖然

 

思い当たる節は・・・アリマスワッ!(小保方さん風に)

大いにアリマスワッ!

 

病みそうとは思っていたけれど、「脳」にきましたか!

しかも私の好きな「海馬」に。

(前から海馬は好きです、働きといい、名前といい…)

 

発症時、「前向性健忘」により、自分の置かれている状況が把握できなくなり、

新しい出来事を記憶できないので、同じ事を繰り返し聞く。

「逆向性健忘」により、以前の出来事も思い出せない事がある。

発作は24時間以内に消失。

 

発生頻度は、資料によって異なりますが、だいたい10万人に5人くらい。

通常は一生に一回だそうですが、5〜20パーセントは再発するそうな。

 

「一過性全健忘」

http://kenko100.jp/articles/110824001129/#gsc.tab=0

 

実は私、3年前の夏期研準備で忙しい時も、3回くらい妙な健忘が有ったんです。

その時は今回ほど長時間ではないし、忙しさのせいにしていました。

数週間後、忙しさが落ち着いた頃、近くの神経内科でMRIを撮ってもらったのですが、

この時は、何も問題無し。

今思うと、例のタイミングを過ぎていたからでしょう。

それにしてもこの時は、「一過性健忘」という診断もされませんでした。

 

いやはや、どちらかといえば逆境に強いタイプ。

さらには自ら逆境を作り出すタイプおや?と思っていたんですが。。。雨

 

それに日頃、エゴマ油や亜麻仁油やナッツ類など脳に良い物を食しているのですが、

それを上回るストレスだったんですねNO!

 

ストレス恐るべしムニョムニョ

 

今年からは気楽に過ごすようにしたいものですラブラブ

 

 

アイロンの新旧交代

  • 2011.01.13 Thursday
  • 13:37
 昨年は、冷蔵庫・エアコン・テレビと、家電の買い替えが続いたのですが、
年末には、ついにアイロンが壊れてしまいました

ただのアイロンではありません。
30年前、実家を出る時に、
家で使っていたアイロンを持って出てきたので、
30年以上活躍していたアイロンなのです。
一体どういういきさつで、アイロンだけ持って出たのかは忘却の彼方です。

普段着はノーアイロンのものばかりなので、
もっぱら、治療着にアイロンがけするくらいなんですが、
なくてはならない存在です。

私が着ている治療着は白衣ではなく、チャイナカラーのブラウスです。
ちなみに今愛用しているのは、リサイクルショップで買った100円のブラウスです。
ケタ間違ってませんよ。
リサイクルショップで買ったと言っても新品で、やや色落ちがしていた物です。
中華料理屋のお姉さん、いやおばさんに見えないかなと懸念したのですが、
着てみたら結構良くて、気に入ってます。
チャイナ服風ブラウスというのはポケットが無いものが多いのですが、
これはちゃんとポケットが有って、
お灸の印をつける灸点ペンやら患者さんの髪を留める髪留めやらを入れておけます。

いえ、ブラウスの話ではなくて、アイロンの話でした

古いアイロンです。
















新しいアイロン。
充電式なので、コードが邪魔にならなくて使いやすいです。















アイロンは普通ゴミです。
お正月明け最初のゴミの日は、ゴミ置き場から溢れ出す大量のゴミで、
その中に捨てるのは忍びなく、その次の回に出しました。
お疲れさまでした。長い間有り難う

故人を偲ぶ

  • 2010.08.17 Tuesday
  • 13:58
昨日はお盆のお参りで、南御堂さんへ行ってきました。
浄土真宗のお寺で、祖父・祖母・父のお骨を納めています。

写真は、母と私とブットンくんのスリーショットです。

ブットンくんすなわち仏恩くん。
9歳(親鸞さんが得度した年齢と同じです)、
好きなものは白いご飯、苦手なものはトンカツだそうです

暑いのに、ご苦労様です。
南無阿弥陀仏。

 ブットンくん
















南御堂さんで、母、姉、弟とその家族が集まって、
その後、実家に移動するのが恒例行事。

移動中、前を歩いている母は、その横の息子(私の弟)に日傘を差し掛けています。

ところが、弟の方がずっと背が高いので、日傘が目の高さ。
弟はだまって避けようとして、母はまた懸命に差し掛けようと繰り返していました。

私も、横を歩いている娘についつい日傘を差し掛けては、
「かえって邪魔!」と怒られるのですが、無意識の行動なんですね、

これに限らず、母と同じ行動をしているのに気づいたら、
なんだか面映くなります。

実家で食事とたわいのないおしゃべり、
母の大阪空襲の話、戦争をしてはいけないという話も恒例の事。
南御堂さんでも、「大阪の街と戦争」という展示をしていましたが、
本当にこういう記憶を薄れさせてはいけないと思います。

その後、娘と二人、スカイビルに、
「マイケル・ジャクソン ネバーランド・コレクション」を観に行きました。

ネバーランドゲート

















ビルの前には、ネバーランド・ゲイトが飾られています。
実際と同じ高さに設置してあるそうです。

中には、ステージ衣装や舞台装置など300点が展示されています。

入り口で、スタッフが入場者一組づつに注意事項を説明してから順次入れていくので、
中は空いていて、ゆっくり見る事が出来ます。

私のような、亡くなってからのにわかファンにとっても、
マイケルが着ていたとか、マイケルが触ったとか思うと、感動の品々です。

生きていてもっと活動して欲しかったと思いますが、
亡くなっても、愛と平和のメッセージを広げ続けるマイケルなのでした。


アフリカの子ども

  • 2010.06.03 Thursday
  • 14:22
 やっと手紙を書きました。
アフリカはベナンのOdetteちゃんに。
返事が来たらすぐ書こうと思っていたのに、ひと月も過ぎてしまいました。
なんたる筆無精

Odetteちゃんは、プランジャパンで私がスポンサーになっている12歳の女の子です。

  プランジャパンについてはこちらをどうぞ。

娘が高校生の時、バイトを始めたのでお小遣いは要らないというのをきっかけに、
その分を、回す事にしました。

最初は、ウガンダのMichael君という6歳の男の子でした。
ウガンダに子供ができたようなもん…と思っていたら…、
彼の母親が1977年生まれ
いや〜Michael君は「孫」ですやん

昨年Michael一家は、プランのプログラム地域から他所へ移住してしまいました。
そうなると、支援対象からはずれてしまいます。
手紙は個人宛に書きますが、
支援は、その地域の教育や医療やインフラの為なのです。

かわりのチャイルドとなったのがOdetteちゃんです。
母親は1974年生まれデス

アメリカには「10分の1税」という言葉があって、
それは収入の1割は寄付の為に使うというものです。

ビル・ゲイツしかりマイケル・ジャクソンしかり。
彼らの寄付は1割どころじゃないし、
その額は、ハンパねぇ〜(言葉遣い変わってるし

成功者、大富豪になったら寄付するのではなくて、
成功者、大富豪になる人達は、そうなる前からそうしているそうです。

それからすると、私の寄付など微々たるもの。
娘が大学を出たら、もう少し増やそうかな〜、
なんて思っている時点で、チッチャイチッチャイ

私のパワースポット

  • 2010.04.05 Monday
  • 21:52
 日曜日、中之島散策をしました。

まだ新しい「京阪中之島線」に乗ってみました。
どれだけ掘ってんねんというくらい下の方に改札が有ります。
きれいな駅にまばらな人影。。。赤字路線ですね、たぶん。
今地震がおきたら地上に出れるんかしら…とフト思ったりして

で、「国立国際美術館」で、新築移転5周年記念「絵画の庭」を観ました。
草間彌生、奈良美智など28名、200作品。
緻密繊細なものから、いや〜楽しんで描いてはりますね〜というものまで。
画家のエネルギーを感じます。
最終日に駆け込み観覧した絵画、いや甲斐がありました。

川沿いを東に進んで、「中央公会堂」へ。
地下の食堂「中之島倶楽部」のランチがお目当てです。
地下と行っても半地下で明るいですし、
建物のクラシックで重厚な雰囲気が好きです。

そこから南へ橋を渡って、「適塾」へ。

娘に、
「実家か
と言われるくらい足繁く通っています。

以前、このブログにも書きましたが、
私の名付け親は、緒方洪庵先生の曾孫さんの緒方富雄先生です。
(母方の祖父が富雄先生と小学校の同級生で、
私が産まれた日に同窓会が有ったというご縁です。)

適塾外観適塾外観

洪庵先生胸像



















洪庵先生像、後ろは適塾












前回、友人と一緒に適塾を訪れた時の事。
その友人が階段を登って、ものすごーくしんどそう。
いくら昔の急な階段といっても…
「そんなしんどいん?」と聞いたら、
「いや、ちょっと肩に何か乗ってんねん」
「えっ?ええーっ!いつからそんな体質になったん?!」
「ちょっと前から、お寺や古い建物に行ったら肩が重くなる時があって…」

幸い、別の部屋に行ったら、取れた(?!)ようでした。

うーん、洪庵先生なら、私の肩に乗って欲しいくらいです。

でも東洋医学が蘭学に変わっても困りますが

なんと言っても、
「適塾」は私の一番のパワースポットです

献体したい

  • 2010.03.11 Thursday
  • 18:04
私は かねがね、死後「献体」しようと思っていたのですが、
どうやら今、献体希望者が増えているらしいです。

遺体にメスを入れる事に抵抗がなくなったことや、
家族関係がクールになったこと、
医学に貢献したいというボランティア精神が高まっていること、
などがその要因だとか。

私自身は鍼灸学校の授業で、
医学生の解剖実習に立ち会わせていただいているので、
その恩返しです。
1年の時は解剖見学が必修で、
2年、3年は希望者のみだったのですが、もちろん行きました

ちなみに1年のときの解剖実習見学では、
高校の時好きだったM君に再会
その医学部にいるのは知っていたし、
学年を計算したら、ちょうど実習しているはずと期待して行きました。
班割りで決められたのは、違うグループだったのですが、
彼のグループに割り込んだのは言うまでもありません

そんな話は置いといて…っと、

献体したら、お葬式はどうなるの?いつ引き取れるの?
という疑問も有ろうかと思うので、説明しますね。

お通夜、お葬式は普通に出来ます。
その後、遺体は火葬場に向かうのではなく、大学に向かうわけです。

防腐処理(ホルマリンを血管に注入して全身に染み渡らせる)が2〜3ヶ月。
その間、冷蔵保存されます。

解剖実習が3〜7ヶ月。だいたい医学生4人に1体だそうです。

その後大学側で火葬が済まされ、通常、1〜2年で遺骨が戻ってきます。
遺族がいない場合、大学の慰霊塔に埋葬されます。
それを理由に登録希望をする人がいるのは、ちょっと淋しい話です。

ちなみに、
大阪市立大学では、市内在住60歳以上で、毎月3〜4人のみ登録受付可。
大阪大学では、大阪府北部か兵庫の隣接自治体在住で、
動機を書いたレポート提出、なおかつ熱意が聞かれるとか。
やれやれ、就活ですか…

とりあえず、そろそろ手続きしようかと思う今日この頃なのです。





明けまして…

  • 2010.01.10 Sunday
  • 14:43
おめでとうございます。
なんて、松の内を過ぎてそれはないですね汗

新年早々、娘の引っ越し先を捜していました。

まだ今年4回生なのですが、
もうあまり学校に行かなくていいのと、就活で大阪にしょっちゅう出てくるので、
京都を引き払う事にしたのです。

もっとも京都独特の「更新料」というのが無かったら、
この時期の引っ越しは考えなかったと思います。
なにしろ、「更新料」で次を借りる保証金ぐらいは払えるのですから。

ウチの娘の部屋は治療室に変貌しているし、
娘自身帰って来る気はさらさらないし、
地元大好きっ子だし、
で、地元で、遠からず近からずのマンションを捜しました。

京都で決める時も、
そのマンションなら、大文字が見える部屋がいいな〜と言っていたら、見えたし、
今回も、そのマンションなら、桜が見える部屋がいいな〜と言っていたら、
ばっちりベランダでお花見が出来ます桜
端部屋で、別の窓からは娘の好きな阪急電車が見えるというおまけ付きです。

私自身は引っ越しはこりごりなんですが、
「慣れてるやろ〜、よろしく〜!」と頼られています。
なにしろ今の所に落ち着くまでに、10回くらい引っ越ししていますから。

未だに引っ越しの夢はよく見ます。
たいてい今の所よりうんと広い所に移るんですが、
前の住人の荷物がそのまま雑然と置いてあるのです。

自分でも可笑しいのですが、夢の中でも、
治療室はどの部屋にしようか、待合室はどの部屋にしようかと考えています。
置いてある荷物も、どのように利用しようかと考えています。

夢分析はそう簡単ではないと思いますが、
「引っ越し」は、今のままではいけない、次に進まなければというのを現し、
「前の人の荷物」は、「古典」など先人が残してくれたもの現している、
などとなんとなく思っています。

というわけで、まだまだ先に進みます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

四柱推命

  • 2009.08.30 Sunday
  • 20:59
久〜〜しぶりに「四柱推命」の鑑定をしていただきました。

「四柱推命」は、生年月日から割り出します。
私たちも診断や治療に使っている「五行」や「陰陽」を当てはめます。

私は、「五行(木火土金水)」の中の「水」だというのは知っていたのですが、
どんな「水」か分からず、患者さん推薦の先生に観ていただきました。

じゃーん!!

「海」もしくは「大河」でした。
 
「水」には大事な三要素があって、
  それは、水量・清らかさ・流れです。

水量は平均の2倍、清らかで、先祖の徳によって流れも良好だそうです。
  有り難い事です。合掌。

どぶ川や小さい池(!?)でなくて良かった〜汗

ところで、大学3回生ボチボチ就活中の娘は「木」で「花」でした。

先生曰く、娘は37歳まで仕事に邁進した方が良い。
もしそれまでに、子供が出来るような事があったら、
私が面倒をみたら良いとのこと。

何時の日かそうなりそうな気はしてましたが、これで決定ですね。

「娘よ、清志郎の育児は私に任しとき!」
           ……名前、勝手に付けてるし……ラブラブ

娘を保育所に預けて仕事をしたあの日々がまたやってくる。
その日に備えて、体力をつけておかないとニコニコ

お盆

  • 2009.08.17 Monday
  • 22:17
毎年8月16日は盂蘭盆会の法要で、
南御堂さんへお参りに行きます。

今年は定例の研修会と重なってしまったのですが、お参り優先です。

我が家にはお墓が無く、南御堂さんにお骨を預けています。
浄土真宗の緩やかな雰囲気が好きです。

あまりに大勢の人が集まるので、
法話の声が聞こえないのが残念ですノーノー
と思いつつ、聴くのをあきらめて、
私も母や姉や弟や娘とついついおしゃべりしてしまいますが…。

その後、実家に寄るのも毎回の事。

今年は、臨月で足がむくんだ姪っ子の治療をしました。

帰宅時はむくみがだいぶ引いたようですが、その後またむくんできたとか。
血圧もタンパクも正常なんですが…。


そしてその後、京都の娘の学生マンションに行くのも毎年の事。
ベランダから、大文字の送り火が見えるんですからニコニコ











マンションの前の電柱が邪魔ですが、
東山の「大文字」がくっきり見えます。

マンションの前や鴨川辺リには大勢の見物人がひしめいています。

「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」を見るため、
人々は大移動していきますが、
私はベランダから見る「大文字」だけで、贅沢な気分を味わい大満足です。

翌日の今日、娘の部屋を少しばかり片づけて、お盆の恒例行事は終わったのでした。

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